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永江弘之 NAGAE Hiroyuki


  1960  大阪府池田市 生まれ

  1979  大阪府立春日丘高等学校卒業

       在学中、美術部に所属 井上直久先生に師事

  1983  大阪教育大学教育学部美術科卒業

       神戸市立中学校で美術科教諭に着任

       以後、4校(上野、楠、西神、東落合 中学校)に勤務

  2003  神戸市立中学校を退職

       成安造形大学 デザイン科 専任講師(イラストレーションクラス)に着任

  現在   成安造形大学 デザイン科 専任准教授(イラストレーションクラス)

         〃 附属近江学研究所 所員・研究員





めぐり巡って近江へ

父の転勤で、大阪府池田市、福岡県大牟田市、千葉県市川市、大阪府高槻市と移り住む。
生まれた時の池田市の記憶は幼くてないが、大阪教育大学池田分校(まだ統合移転前)で4年間過ごしたので、ちょうど一周したことになる。
就職して神戸市へ。
そこでも灘区、東灘区、垂水区、北区と。
引っ越しが大好きというわけではないが、流れのままに5年と同じ家に住んだことがない。

住めば都と言うが、どこに住んでも面白い町だった。
自転車で探検したり、カメラを持って町歩きをした。
角を曲がったところに、 路地を入ったところに、 そして自然の中に、発見と驚きがあった。

2003年に近江(滋賀県)へ。
当時は、琵琶湖を目にするたびに「あ、海や」と思って「違う違う」と自分につっこみを入れた。
それほど琵琶湖と空はとんでもなく広く、雲や光の演出は感動的で、
自然の豊かさと歴史ある町並みがドキドキするほど魅力的だった。
「ここが自分の居場所だ」と漠然と感じ始めた。

さまざまな縁とタイミングで大津市坂本にアトリエ兼住居を建てることにしたのが、2006年。
それまで、JR比叡山坂本駅東側の賃貸マンションに住んでいたが、いっちょうまえにアトリエを持ちたいと思い、中古の家などを探し始めていた。新築で建てようなんて、滅相もないと思っていた。

ところが! 北向きの窓というアトリエの条件に合う物件は見つからず、なんとなく「土地があったら教えてください」と不動産屋さんに頼んで間もなくのこと。
4月1日(エイプリルフール!)に「坂本で土地が出ました」と不動産屋さんから連絡。
先方の事情で、なんと3日間で決断することに。
4月1日と2日に現地と近所を見て、決めた。(だまされているんじゃないか と、とってもとっても不安だったが・・・)

山が見えて、琵琶湖が見えて、歩いて楽しめる町がいい という希望だったが(なんと贅沢な!)、残念ながら当時建っていた家の2階からは琵琶湖が見えなかった。
けれども、裏手に見えるりっぱなケヤキの樹がとても気に入って、大決断をするに至る。

それから1年間、建築好きの友人S君とコンセプトから考えて、基本設計を人長建築設計室(成安造形大学デザイン科教授 人長信昭先生/ひとおさ の事務所)にお願いし、いろいろご相談し、そのプランを山科ハウジングセンター(田中司朗社長と担当の瀬戸氏)と大工さんをはじめ職人さんたちが徐々に実現してくれた。楽しかった。
最初の打合せから同席してくださった京都嵯峨野の池芳造園の池内一芳社長に、外構は一任。予想をはるかに越える立派な庭を造ってくださった。

そしてなんと、屋根上につくってもらった展望台(はしごで天窓から出る物干し台のような展望台)から、琵琶湖と比叡山系360度の展望が実現。

今、坂本の重要伝統的建造物群保存地区を少しはずれたところに、アトリエと住居の2棟建ての家で暮らしている。
山が見えて、琵琶湖が見えて、歩いて楽しめる町だ。
本当に、さまざまな縁とタイミングで、今の自分があるなぁ と感じている。




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